花婿試験(上巻)
花婿試験 上巻
『ここまで来たのは君が初めてだ。これで残るは花嫁とのご対面だけじゃ』
闘技場から出てきた俺を迎えた初老の紳士が言った。たぶんこの紳士が新婦の父親、つまり町一番の資産家本人だろう。
ヒグマ相手の素手での格闘という、無茶苦茶な試練を突破した俺は、生まれて初めて自分の頑健な肉体に感謝した。爪や牙によるひっかき傷はあっても、骨や内臓はおろか筋肉にもほとんど損傷が無い。
この体と馬鹿力のせいで、何人もの人を死なせてしまってしまい、半年前に故郷を追われた俺は、これまで親からもらったこの体を何度も呪った。流れ付いたこの町で、町一番の金持ちが「頑強な花婿募集中」という張り紙を出しており、これまで何人もの力自慢の男達が「婿入り試験」に挑み、そして二度と帰って来なかっと聞き、行くところのあてもなく、失う物の無い俺は、一も二もなく応募した。
「ご対面って・・・こんな格好で良いのですか?」
と尋ねる俺。闘技場の中で入浴と傷の手当ては済ませたが、まだ格闘用の半ズボン一丁の姿なのだ。
『ご対面といっても、花嫁自らが格闘による試験を行うから、まさにこの格好こそが相応しいのじゃよ。』
なるほど、ただのご対面じゃないと言う訳か。相当腕に自信のある花嫁らしいが、何も素手でヒグマに勝てる花婿なぞいらないだろうに・・・
『さて、いよいよ花嫁とご対面じゃ。合格・不合格は最終試験終了後に本人が直接君に告げる事になっておる。』
と言うと、紳士は目の前の扉を開ける。中は闘技場と同じ円形の部屋になっており、その中心には白いドレスを着た長身の人物がいる。もっとよく見ようと俺は彼女に近づいて行く。
すると、花嫁自らがベールを取り、顔を露わにする。雪白の肌に整った美貌、どうみても格闘をするような女性には見えない。女性は俺の姿を見ると、手招きする。近づいてみると俺よりも頭半分ほど背が高い。ドレスのふくらみによって体格が全然判らないが、ドレスの下に踏み台でも隠していなければ、確かにまれに見る大女だ。
『あなたが花婿候補さんね、お名前は?』
かわいい声で尋ねる花嫁。
「俺は、ミクル・スロヴェニー。ふ、普段はミックと呼ばれてます。花嫁さんのお名前は?」
と尋ねる俺。
『フフ・・・名前は合格したら教えてあげるわ。父から聞いてる通り、最終試験はこの私と闘うんだけど、合格条件は1時間私と闘って生き延びることよ。よろしいかしら?』
と言うとドレスを一気にかなぐり捨てる。
ドレスの下に隠されていたのは、筋肉の山だった。俺の太腿より太そうな腕に、俺の腰回りより太そうな脚。そして盛り上がる胸と腹の筋肉。まともに闘ったらば確かに勝ち目は無い。しかも目の前でうねっている筋肉は、血を何度も吸った事による殺気に満ちていた。動物か人間かは判らないが、何人または何匹もその筋肉の間で押し砕き、すり潰しているに違いない。思わず間合いを取って構える俺。
『あら、勘が鋭いわね。獣の中にはこの殺気に怯えて必死に逃げようとする物がいたけど、人間で気付いたのはあなたが最初よ。しかも逃げようとせずに向かってくるなんて・・・これは、期待できそうだわ。』
何て奴だ。きれいな顔をしてその体は血まみれじゃないか・・・とここまで考えて気が付く。そう言う俺だって、この手で何人も殺してきている同類じゃないかと。
『じゃあ、始めるわよ。』
と言うと彼女は何の構えもせずにズンズンと歩いて来る。
自分より大きい相手を倒すにはまず膝と臑を徹底的に攻める事。自分の経験則に基づいて探り半分のローキックを出し、そのまま姿勢を低くして横に飛び退く。自分の上体があった所を彼女の拳がうなりを上げて通過する。
ビシッ、ローキックは臑に決まったが、彼女の臑の方が強くてダメージにならない。思いっきり行っていたらばやられていたのは俺の足の方だった。だめだ、こっちから攻撃してもダメージが与えられない・・・
『あら、見た目よりもすばしこいわね。ヒグマ相手の時は正面から行っていたのに。私の方がヒグマより強いと思ってるのね?』
完全に獲物を値踏みする目つきで俺に話しかける花嫁。
それからしばらくはヒットアンドアウェイで花嫁の弱点を探ろうとするが、途中から花嫁は動くことをやめて立ったままで全身の筋肉に力を込めると、
『反撃しないから顔以外どこでも好きなところを攻撃してごらんなさい。あなたの攻撃は通用しないって思い知るだけだから。』
と俺を挑発する。
最初の数回は慎重に探りの攻撃を続けた俺だが、反撃どころか動きが一切無いことを確認すると、全身の弱点と思われる所に探りの攻撃のラッシュをかける。顔面だけは注意深く避けたが、首から下の弱点と言われている所全てに打撃を試みる。しかし、そのほとんどが盛り上がる筋肉で固く覆われており、攻撃が届かない。攻撃が届いても、まるで何も無かったかのように花嫁は無反応だ。二段当てによる衝撃波攻撃すら通用しない。恐れていた通り、この花嫁はとんでもない怪物だった。
攻撃を終えて間合いを取った俺は、無理をしなかったので深刻なダメージこそ受けてはいなかったが、両手両足の先がしびれ、スタミナも相当消耗していた。時計をみると、ちょうど15分が経とうとしていた。
『打撃技は出し尽くしたみたいね。次は関節技を試してみる?さっきと同じで顔さえ攻撃しなければ反撃はしないから。』
全く人を食った発言だが、彼女が本気でそう言っている事は間違いない。挙げ句の果てには自ら床の上に大の字になって寝そべった。
『はい、15分間関節技のかけ放題よ!』
俺をさらに挑発する花嫁。どことなく口調が楽しげだ。
挑発とは判っていたが、打撃ではダメージが与えられないこともはっきりしていたので、彼女の強大な腕や足に俺の全身を絡めてありとあらゆる関節を決めようと悪戦苦闘する。が、人体が一番弱いねじり系の技ですら、圧倒的な筋力の差があって決められない。途中までねじる事に成功しても、そこで彼女が力を入れて一気に元に戻してしまうのだ。
『全身の力を総動員しても、私の筋肉一つに勝てないの?だらしないわねぇ・・・』
といささか失望の混じった声で言う花嫁。
だめだ・・・このままでは後半の30分で確実に殺されてしまう・・・・・
絶望感が忍び寄り始めた頃、一つの天啓が俺の頭に閃く。
「顔以外はどこを攻撃しても反撃しないと言っていたな・・・」
花嫁が付けている格闘用ズボンは本来男性用なので、胸は露出したままだ。最後の逆転に望みをかけて、俺は全く違う形の「攻撃」を花嫁の乳首に繰り出す・・・・
『ひゃっ、それは関節技じゃないわ!』
と花嫁は抗議するが、約束通り反撃はして来ない。さらに乳首を責めようとすると突如花嫁は立ち上がり、俺を振り落とす。
『それは、花婿になってからにしてちょうだい。まだ試験は終わってないのよ。関節技はもう終わり?だったら今度はこっちから行くわよ。』
と花嫁。
あっと言う間に天地が逆転し、俺は花嫁に倒され、両足と右腕で組み敷かれていた。
『私だってその気になれば速く動けるのよ。甘く見ないで。さて、どっから試験しようかな〜・・・そうだ、まずは腹筋!』
と言うと、空いている左腕で俺の腹にジャブを送り込む花嫁。
ドスゥッ!という凄まじい音とともに俺の腹にめり込む拳。腹筋に力を入れるのが充分間に合ったにもかかわらず、まるで不意打ちを食らったような痛さだ。胃の中身こそ吐かなかったものの、しばらく呼吸ができなくなる。
『あら、今ので失神しなかったのね?それじゃあ、これではどう?』
と言うとさっきより大きく左腕を振りかぶって俺の腹を殴る。
ドゴォッ!という音というよりは衝撃が体内全体に響き渡る。同じ所に2度続けて食らった上に、前回より強い衝撃だったために、のど元に嘔吐物が込み上げて来るが、必死にこらえる。「ぐぅぅぅぅぅ」歯を食いしばった俺の口からは悲鳴をかみ殺した声が漏れる。
『おお、偉い偉い!これを食らって失神しないどころか、吐かないなんて、やっぱりあなたただ者じゃないわ。普通の人間なら背中に突き抜けてるパンチだったのよ、今のは・・・ 腹筋はこれで合格ね。』
何て事だ、こいつはパンチで人体を突き抜いた事があるのか・・・
『次は、肋骨行ってみようかしら。』
と言うと彼女は組み敷いていた俺を軽々と抱き上げ、俺の両脇の下にその太い両腕を廻す。次の瞬間、猛烈な締め付けが俺の胴を襲う。
ミシミシッ・・メリッ・・肋骨がきしむ音、ひび割れる音が体内に響き、ヒグマに抱きしめられた時以上の苦痛が俺を襲う。「ウォーッ」無意識のうちに叫んだ俺は、自分の両腕を無理矢理隙間にねじ込み、花嫁の胴を同じように締めようとする。
『ウフッ。闘志は立派だけど、お馬鹿さんね。それじゃあ、先に腕から行って見るわ』
と言うと、ベアハッグを止めて両腕を前に出し、そのまま俺の両腕を自分の両脇で挟み込んで決める。彼女の広背筋と上腕三頭筋で、俺の両腕を潰そうと言うのだ。
そうはさせじと両腕に力を込めてベアハッグの体勢を維持する俺。ベアハッグ自体は全然応えていないみたいだが、力を込めた事で俺の上腕は痛いながらも潰される気配は無い。
『ウ〜ン、攻撃はからっきしだったけれど、本当にタフなお兄ちゃんね。ならばこれはどうかしら?』
と花嫁は言うと、少しずつ胸を反らし、自分の両腕を後ろへと持っていく。決めた両腕をそのまま引っ張り、俺の肩から引っこ抜くつもりだ!
抵抗するにはこっちも背筋を使って腕を引っ張るしかないが、そうするとベアハッグの力が緩むので、今度は腕が潰されるかも知れない。俺の唯一の機会は、直前までベアハッグで粘り、一瞬で両腕を相手の脇の下から引き抜く事だが、それは向こうも予期してるだろう。ならば・・・
俺は自らの頭を彼女の胸の谷間に押し込み、両腕をさらに押し込んだ。虚を衝かれた彼女の反応が一瞬遅れ、俺の両腕を決めていた広背筋と三頭筋が少しだけ緩む。このすきに俺は自分の両腕を彼女の脇の下から抜き、そのまま彼女を押しのけつつ自分も飛び退こうとするが、今度は頭が彼女の胸の谷間にめりこんでしまい、抜けなくなる。
『◎。●●●・・・△○□×◇@¥、+*○#▼◆・☆。・〒♀★』
彼女が何か言っているのは判るが、彼女の巨乳と大胸筋に耳と目をふさがれ、意味はわからない。すると、彼女は片方の乳房をどけてこう言った。
『せっかくだから、次は頭の試験にしましょ。』
次の瞬間、前後左右から猛烈な圧力が俺の頭に襲いかかる。彼女が俺の頭を、挟んでいる巨乳ごと抱きしめているのだ。さらに前からは大胸筋が盛り上がり、後ろからは彼女の上腕二頭筋が攻めて来る。まさに筋肉プレスマシンにかけられたメロンの状態だ。
メリッ
頬に激痛が走る。頬骨が先にいったらしい。
ゴツッ
おでこと後頭部に固い感触がする。大胸筋と二頭筋に当たったようだ。
ミシミシッ
頭蓋骨もきしみはじめる。
呼吸もままならぬ真っ暗闇で、俺の短い人生のさまざまな一コマが走馬燈のように浮かんでは消える。いよいよ最期が近いらしい。
すると、突然光が差し込み、苦痛が消える。
・・・あ、死んだな、俺。でも、頭蓋骨が割れた感じしなかったけど・・・
俺の意識が消える瞬間の最後の思考だった。